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Story 55旧グラバー住宅の秘宝

 旧グラバー住宅の食堂の壁に、「大海原は田んぼのように豊か」を意味する「大海是田」と書かれた扁額がある。 落款やサインから、著名な海洋水産学者である松原新之助が倉場富三郎に贈ったものと判る。号を「瑜洲」と称する松原新之助は、水産講習所(後の東京水産大学)の初代所長。一方、明治3年(1870)にトーマス・グラバーの長男として生まれた倉場富三郎は、学習院やペンシルベニア大学での学生時代を経て、同27年(1894)にホーム・リンガー商会に就職した。重要な業績の一つは、ホーム・リンガー商会の企画として汽船漁業を立ち上げて日本に初めて蒸気トロール船を導入し、二十世紀初期の日本の漁業業界に革命を起こしたことである。扁額に日付はないが、「汽船漁業」の文字があることから、倉場富三郎が同社の専務を務めていた明治40年(1907)から大正初年の間に松原新之助が長崎を訪れ、水産業に携わる者同士として倉場富三郎に書を贈呈したと思われる。

 大正3年(1914)に第一次世界大戦が勃発すると、長崎を中心に活動していたトロール船の多くが軍用船に改造するために売却された。倉場富三郎は、同6年(1917)に汽船漁業の看板を下ろし、すべての船舶をイタリア海軍へ譲った。昭和14年(1939)、グラバー住宅は三菱長崎造船所の所有となり、太平洋戦争直後の倉場富三郎の自殺とアメリカ進駐軍による同住宅の接収も続き、元の家具や調度品が分散してほとんどが行方不明となった。その中で、「大海是田」の扁額は奇跡的に残った貴重な遺品である。

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