グラバー園について
グラバー園とは
1858年(安政5)、江戸幕府はアメリカ、オランダ、ロシア、イギリス、フランスの5ヵ国と修好通商条約を結び、新たな時代に進む日本へ、夢を抱いた外国人商人が集まりました。1641年(寛永元)より218年に渡り設置された出島のオランダ商館は幕を閉じ、条約により開港都市となった長崎には「居留地」が生まれました。長崎港を見渡す丘陵地には日本風の屋根瓦に覆われた洋風建築が立ち並び、各国から来崎した外国人たちの日常がそこにはありました。この地にある「グラバー園」。冒険商人トーマス・グラバーをはじめ居留地時代から残る外国人の住宅と長崎市内に点在していた洋館が集まるこの地では、幕末から明治の長崎の歴史を感じることができます。石畳や石段、長崎港を一望できるロケーションと共に、歴史、文化の香りに包まれながら、特別なひとときをお過ごしください。
グラバー園を愉しむ。
グラバー園は、長崎市のランドマークである稲佐山を背景に長崎港を一望できる絶好のロケーションも自慢です。開港直後の偉人たちがこの絶景に魅せられたという話しも納得ではないでしょうか。
洋館群がライトアップされる7月中旬~10月初旬は、昼間とは違うロマンチックな雰囲気を味わえるのも魅力です。
また、園内の石畳の一画にあるハートストーンを探してみるのもよいでしょう。「この石に触れて願い事をすれば恋が叶う」らしい?
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ギャラリーページでは高解像度画像の
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Glover Garden Map グラバー園・園内マップ
グラバー園内の
伝統的建造物
グラバー園では9棟の伝統的建造物を見ることができます。そのうち、旧グラバー住宅、旧オルト住宅、旧リンガー住宅は居留地時代に建築され、150年以上この地に建ち続けている貴重な建物です。これら3棟は国指定重要文化財に指定され、旧グラバー住宅は「明治日本の産業革命遺産」の構成資産にも登録されています。
一方、6棟は明治中期ごろに長崎市内に建てられた洋風建築をグラバー園へ移築復元したものです。各建物に当時を思わせる特徴があり、明治時代の長崎を知る上で貴重な建物です。
Episodes グラバー園エピソード
グラバー園は歴史的建造物のほかに、
居留地時代のエピソードも見どころです。
様々なドラマを見て・聞いて・感じてください。
三浦環とプッチーニ像
長崎が舞台のオペラ「マダムバタフライ」に登場する景色はまるで旧グラバー住宅から望む景色を思わせる描写です。戦後、旧グラバー住宅で暮らした進駐軍の大佐夫人はその景色に魅了され「マダム・バタフライ・ハウス」という愛称をつけました。現在園内には「マダムバタフライ」のプリマドンナ、三浦環と作曲者のプッチーニの石造が立てられています。
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フリーメイソン・ロッジ(集会所)の門
フリーメイソンとは中世イギリスで数々の大聖堂を建てた石工が組織した友愛団体です。この門柱は長崎で熱心な会長だったイギリス人が自社の門に建てたもので、そこから移築されたものです。
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明治時代の水道共用栓
長崎市の近代的な水道は明治24年に完成しました。この設計を携わったのがイギリス人技師J.W.ハートで、リンガーに呼ばれて来崎しました。完成した水道共用栓は市街水栓番が朝に栓を開き夕方に栓を閉じる作業をしていました。
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日本最初期のアスファルト道路
リンガーは晩年に心臓病を患いっていました。移動することも厳しくなったリンガーは坂の下から住宅の前までアスファルトで舗装された道で造り、人力車が通れるようにしました。
高島流和砲
長崎が生んだ砲術家・高島秋帆指導のもと、鉄砲鍛冶、野川清造が製造したと言われる和大砲です。