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Story 6長崎最初の高級ホテル「ベル・ビュー・ホテル」

 慶応元年(1865)発行の外国人名簿「ジャパン・ディレクトリ」によると、長崎居留地には3軒のホテルが存在していたことが示されている。それは、大浦25番地の「コマーシャル・ハウス」、同26番地の「オリエンタル・ホテル」、南山手11番地の「ベル・ビュー・ホテル」である。いずれも日本最初期の西洋式ホテルだが、前者2軒は居酒屋を備えており、「ベル・ビュー・ホテル」のみが婦人や子供を迎える高級ホテルであった。元イギリス領事館巡査の妻、メアリー・グリーン(Mary Green)夫人により経営されていたこのホテルは、中庭をもつ四角形の木造2階建て建築で、外国人来訪者が上陸する長崎税関の第6番波止場の上に建っていた。イギリス人旅行者N・B・デニーズ(N.B.Dennys)は同3年(1867)の記述の中で次のようにベル・ビュー・ホテルについて言及している。

 「もてなしのよく行きとどいたこのホテルは、来訪者に親しまれていた。夕食は1ドルで済ますことができ、一週間滞在すればすべてを含めて21ドルである。湾と街の美しい景色を見渡すことができる」。

 ベル・ビュー・ホテルは長崎を代表する西洋式ホテルとして営業を続けたが、日露戦争後、長崎の国際貿易港としての繁栄は衰退し、旧外国人居留地のホテルは次々と姿を消していった。大正9年(1920)、長崎最古の高級ホテルであったベル・ビュー・ホテルもついに廃業した。グラバー園へと続く坂道の左手のベル・ビュー・ホテル跡地には、現在、ANAクラウンプラザホテル長崎グラバーヒルが建っている。

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