Story 29江頭邸かつての主
マリア園の脇から下の道路へと至る狭い石畳の坂道は「ドンドン坂」と呼ばれ、周囲に建つ明治期の洋風建築群と共に、異国情緒を今なお残している。雨が降ると流れが急なことから「雨のどんどん坂」とも呼ばれている。
ドンドン坂を上る途中、保存状態の良い洋風2階建て住宅が目を引く。旧南山手22番地の裏手に建てられたこの明治の洋風建築は「江頭邸」と呼ばれ、現在も個人住宅として使われている。国選定の重要伝統的建造物群保存地区(南山手地区)を構成する伝統的建造物である。建設の経緯や元住民の詳細は不明だが、「ナガサキ・ディレクトリー」などの史料から、明治後期の10年間ほど英国人のヴァン・エス家が所有していたことが確認できる。
トーマス・グラバーと同じ1838年に生まれたアーリ・ウィリアム・ヴァン・エス(Ary William Van Ess)は、オランダのロッテルダム出身。イギリス国籍を取得した彼は中国に渡り、明治2年(1869)からの5年間を北京イギリス公使館の護衛官として過ごし、同9年から36年までは煙台イギリス領事館の専属警官として業務に従事していた。イギリス人妻との間に3人の子供がいたが、何らかの理由で別れ、日本人女性小谷キズエと中国で結婚した。
明治36年(1903)の退職後、妻キズエとその娘と3人で長崎にやってきて、南山手22番地に居を構えた。ヴァン・エス氏は大正2年(1913)10月、この住宅にて他界して坂本国際墓地に葬られた。享年74歳。妻キズエ氏は昭和36年(1961)、神戸にてこの世を去った。