Story 50旧グラバー住宅は住宅
旧グラバー住宅は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の一つだが、構成施設リストにおける正式名称の日本語と英語に違いがある。日本語では「旧グラバー住宅」に対して、英語では「Former Glover House and Office」、つまり「旧グラバー住宅と事務所」となっている。世界遺産関連の資料をみると、「事務所」の根拠として提示されているのは一枚の古写真のみ。幕末当時の南山手に設置された大砲のそばを散策し、ライフル銃を手に持つ武士を捉えたものである。同時期にねずみ島で撮影されたグラバーやその他の外国人たちの集合写真にも武士風の人物が写っており、長崎奉行所の役人または警備員と思われる。
ちなみに、上記の写真に見る武士が顧客で、旧グラバー住宅が「事務所」として使われていた証拠にならない。どうやら世界遺産という勲章の取得が優先され、歴史的事実の掘り起しと読み解きが適当なところで切り上げられていたようだ。実際、トーマス・グラバーが自宅において幕末の志士たちを接待したことを示す手紙、回想録、写真やその他の記録がない。
屋根裏のいわゆる「隠し部屋」は観光名所として注目されるが、これについてもそれを位置づける明確な資料はない。他方、グラバー商会の事務所は大浦海岸通り2番地(現長崎市民病院辺り)にあったことは、さまざまな第一史料で確認できる。長崎市は、世界遺産登録が決まったからこそ、旧グラバー住宅やその他の構成施設の「真実」を世界に伝える義務がある。今後、同住宅の史実を厳密な研究調査を通して明らかにしていきたいと思う。