Story 79川南工業と旧オルト住宅
グラバー園で現地保存されている国指定重要文化財「旧オルト住宅」は、日本最古の石造り住宅として、幕末の香りと優美な和洋折衷文化を今に伝えている。2000坪におよぶ広い敷地は、家と庭だけでなく、奥の茂みや、今では一般道路になっている前方の長い入り口などを含む。長崎における最も豪華な個人住宅と言えよう。
1903(明治36)年からリンガー家の所有となった同住宅は、フレデリック・リンガーの長男フレディーとその妻アルシディと一人娘の住まいとなった。1940(昭和15)年にフレディーは病気に倒れて死去したが、アルシディは翌年12月8日の太平洋戦争勃発の日までここから動こうとしなかった。警察に拘留された64歳の彼女は、横浜から出航する交換船で本国に送還された。
香焼島で造船所を運営していた川南工業は、1943(昭和18)年に旧オルト住宅の土地と建物を購入したが、その取引の経緯はいまだに不明。1945(同20)年9月に同住宅を接収したアメリカ進駐軍が調査を行い、リンガー家の家財や個人所有物のリストを作成した。戦時中に敵国財産として一方的に売却された他の外国人の資産と同様に、返還する規則が適応されると考えていたようだ。上記のリストには、銀食器から冷蔵庫、卓球台や電動ヘアドライヤーまでの4千円相当の所持品が記録されており、その多くが「原子爆弾投下後行方不明」とされている。
進駐軍が長崎を去った後、土地と建物は何らかの理由でリンガー家ではなく川南工業に変換され、1970(昭和45)年、長崎市によって購入されるまでアパートとして使われた。