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Story 91シドニーとアイリーンの結婚

 シドニー・アーサー・リンガーは、イギリス人豪商フレデリック・リンガーの次男として、1891(明治24)年に長崎で生まれた。兄フレディーと姉リーナと共に長崎で幼児期を過ごした彼は、イギリスの名門寄宿学校で学び、1909(明治42)年に日本へ戻って家業を継ぐためにホーム・リンガー商会に就職した。 当時、同商会は長崎の経済発展の原動力となっており、数十社の保険会社、銀行や外国系船会社の代理店として機能していた。その他、英字新聞の発行、輸入灯油の貯蔵、また最新の技術を駆使した捕鯨とトロール漁業などの事業を大きく展開していた。

 1913(大正2)年4月3日、シドニーはホーム・リンガー商会の幹部職員として勤務していたP・J・バックランドの姪アイリーン・ムーアと長崎で結婚した。英国領事館と東山手の英国教会堂における婚礼後、参列者は引き続き南山手33番地(現・プール坂南側の空き地)のバックランド邸で盛大な披露宴に参加した。その中には、長崎県知事の李家隆介夫妻、長崎市長北川信従、各国領事や経済界を代表する多くの日本人と外国人の友人たちがいた。ホーム・リンガー商会の長崎における重要な役割を示す顔ぶれであった。

 披露宴終了後、ハネムーンに出発するシドニーとアイリーンが乗る筑後丸が出航する際に、参列者たちは南山手33番地のバックランド宅の庭から船の甲板にまで聞こえる祝いの歓声を上げたという。 その後、シドニーとアイリーンは長崎港を見下ろす南山手2番地の邸宅(現・旧リンガー住宅)に居を構え、長男マイケルと次男ヴァーニャを授かった。

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