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Story 97写真の真相

 1897(明治30)年、トーマス・グラバーと淡路屋ツルの間に生まれた長女ハナは、イギリス人のウォルター・ベネットと結婚した。ベネットは結婚当時、ホーム・リンガー商会の仁川支店を任せられていた。二人は朝鮮へ移住し、ハナは10月にトーマス・グラバーの初孫となる長男トーマス(テッド)を出産した。

 翌年、ハナは8ヶ月になった赤ちゃんを両親が住む東京に連れた。喜んだツルは東京のスタジオで写真を撮ってもらった。楠戸義昭著『もうひとりの蝶々夫人―長崎グラバー邸の女主人ツル』やその他の記述では、この写真に映る赤ちゃんは倉場富三郎であり、ツルが富三郎の実母を証明するものとして紹介されている。しかし、長崎歴史文化博物館蔵に保管されている実物を見ると、ハナは写真の裏面に「テッド」と「1898年6月撮影」の文字を万年筆で記入していることが分かる。つまり、これはツルと初孫テッドとの貴重なツーショットである。

 胃癌を患っていたツルは、1899(明治32)年3月23日に帰らぬ人となった。享年48。妻を亡くした当日、トーマス・グラバーは、芝公園の自宅から三菱第三代社長の岩崎久弥に手紙を送り、次のようにツルの死を急報した。

「敬愛なる男爵殿。妻が今朝4時15分に他界しました。長与先生と大橋先生が立ち会われました。とても静かな最期でした。遺体は荼毘に付し、長崎にもってゆくつもりです。さしあたってツルの妹と一緒に葬ります。もう一人[グラバー自身]が亡くなったときも長崎で埋葬され、そのよき伴侶とともに眠ることになるでしょう。敬具。」

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